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2013年 四旬節黙想講話(要旨)

御父の愛に応えるために
草野純英師(イエズス会修道院)

 私たちは、一歩でも二歩でも三歩でも、神さまへの愛に入っていくように祈りますが、神への愛は人への愛に結びついています。イエス様は、第1の掟は「神への愛」。そして第二の掟は「人を愛しなさい」と教えてくださいましたが、「人を愛しなさい」は第二の掟というよりも第一の掟の中に入っているといわれます。
 私たちは御父から永遠の幸せの状態に造られています。神さまはお父さんです。「生みの父」、「実父」であるのです。祈りのときに、神が「実父」であること、今も私の中にも働いてくださっていること、可愛がってくださっていることを思うことが霊性を深めるために大切です。このように、第1の掟は「神を愛する」ということです。それは、神の愛にこたえることです。
 私は1歳9ヶ月で父親を亡くしました。ですから父親のことはわからないのですが、私は天の父を本当のお父さんとして、この世の父親の代わりに十二分に見てくださっているということを感じることが多かったのです。今もそうです。
 祈りの中で、本当に私を生んでくださったお父さんという親近感をもって、主の祈りを唱える、そのように深く入っていくということが非常に霊的な益になります。それにまた神さまはこたえてくださいます。
 神の愛にこたえるそのために、第2の掟、第1の掟の第2部があります。「人を愛する」ということは「神さまを愛する」ということにつながっています。一人ひとりは神さまから大事にされています。その一人ひとりを私のほうから大事にするということは、神さまが大事にしている方を大事にするということですから、神さまを愛する、大事にするということにつながっていくのです。

 では、どのような方法で、隣人を愛していったらよいでしょうか。まずは一人ひとりに尊敬の気持ちで接すること。私たちは自然のつながりや性格の違いなどを超えて一人ひとりが霊的家族に属しています。天の御父を中心として、人間性を持ってお生まれになったイエズスさまが長男で、私たち皆がその兄弟姉妹です。このことをもっと認識し、そして行動に移すということが大切ではないかと思います。
 神さま、御父は、一人ひとりを大切にしてくださっています。それにこたえて、具体的にはどうしたらよいのか。私は距離をちょっと置いたらよいと思います。家族の者に対してもです。距離のない馴れ合いですと、べったりになって、ありがとうとも言いにくいし、失礼、ごめんなさいということも言いにくい。しかし、無礼にならないために距離を置くのです。皆御父の子どもなのですから。
 隣人愛の具体的な実施、大切にするにはどうすればいいのかというと、「仕える」ということです。「私は仕えられるためではなく仕えるために来た」といわれるように、イエズスさまは本当に仕え、贖いまでして徹底的に仕えてくださいました。今、その愛を深く感じる時節です。尊敬という距離をもって、他人のニーズに気づけばすぐに対応していく。無視したり軽視したり、無礼な態度をとったりはできません。
 「仕える」ということは自分の家庭から。遠いところへ行って何かをすることも一つですが、まずはやはり家庭からです。
 愛は一方的ではだめで、こたえていかなければなりません。そのようにして、私の隣人愛はどうなっているかを顧み、より充実できるように四旬節を過ごしてはいかがでしょうか。
 御摂理によってうまく事が運んだとき、嬉しいときもあるでしょう。そんなとき、神に感謝して、その嬉しさ、喜びを神さまに捧げること、「神さま、どうぞお受け取りください。ありがとうございます」と言って、感謝し賛美することを忘れないようにすることが大事だと思います。もし、うまくいかなかったことがあれば、それは神さまが、肩をたたいて「気をつけなさい」と言っているのです。うまくいかなかったことや損をしたことがあってもそれをぼやくのではなくて、そっくり神さまに向かって、それを捧げるのです。砕かれた心、その悩みと苦しみを捧げます。
 「すべてをお捧げします。どうか、お受け取りください」という心をもって、そして本当につらいときには、十字架のイエズスさまの苦しみに少しでも自分を合わせて、御父にお捧げするのです。

〔2013年2月17日 関町教会聖堂にて・『こみち』256号より〕