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2012年 関町教会堅信式ミサでの幸田司教説教要旨

聖書と祈りと共同体
幸田和生司教

神さまの力とわたしたちの信仰

 きょうの福音(年間第14主日B年 マルコ6:1-6)中で「奇跡」ということばが2回出てきます。この言葉の元のギリシア語はデュナミス(=力)です。「力ある業」というべきかもしれません。地上で活動していたイエス様には神さまから来る力が働いていました。その力で多くの人を強め、励まし、立ち上がらせていきました。
 しかし、きょうの福音では、故郷ナザレの人たちがイエス様を神から来た人として受け入れなかったので、イエス様は力ある業を行うことができなかったとあります。力ある業の力がほんとうに働くためには、それを受け入れる人の信仰があるかどうかが問われているというのが、きょうの福音の大切な教えです。
 聖霊、それは神さまの力です。奇跡というと目に見える外面的なことのようですが、聖霊というデュナミス、力は、むしろ目に見えない形でわたしたちの内面に働く力といってよいと思います。この聖霊を受ける側の姿勢が問われるのです。
 堅信式では、按手と塗油というしるしをとおしてたしかに堅信を受ける人に聖霊が与えられます。しかしやはり、受ける人がどういう思いで、どういう態度で受けるか、それによって聖霊がしっかり実を結ぶかそうでないかが分かれてきます。神さまの働きにはいつもそういう面があります。

神さまとの握手

 このことを握手のイメージでとらえるとよいと思います。神はいつも人間に向かって、心のこもった愛と友情のしるしとして手を差し伸べてくださっています。人間はその神様の差し伸べてくださっている手に気づいて、喜んで、その差し伸べられた手を握り返すことができます。そうすると、たしかな握手が成立します。
 堅信を受ける皆さんは、堅信を受ける準備をしてきて、今神さまから差し出されている手を知って、それに応えようとしています。「父のたまものである聖霊を受けなさい」に「アーメン」、「主の平和」に「主の平和」と応えながら、聖霊を受ける側からしっかりと応えていこうという姿勢を表していきます。この握手の感覚をどうか忘れないでください。

三つのことを大切に

 わたしたちの生きている社会は、神をほとんど忘れかけているように見えることがあります。神さまのいないほうが当たり前であるかのような世界にわたしたちは生きています。残念なことに、キリストを信じるわたしたちもどこかでそのような方向に陥ってしまう危険があります。しかし、どうか、堅信を受ける皆さん、そうならないでください。そのために、三つのことを大切にしていただきたいと思います。
 それは、聖書と祈りと共同体です。  毎日聖書のみことばに触れることを大切にしてください。どんなに忙しくても、少しでも聖書のみことばを味わう機会を毎日もってほしいと思います。
 二つめは祈ること。短い時間でも毎日祈る時間をもってください。朝起きたときは、きょう一日神さまの子どもとして歩んでいこうという賛美の祈り。一日の終わりは、神さまに感謝し、神さまからいただいたものをしっかり受けとめ、自分を振り返るときとしてください。
 三つめの共同体とは信仰の仲間です。同じ信仰をもった仲間、友を大切にしてください。カトリック信者はたった一人で信仰の道を歩んでいるのではありません。キリストに従って励まし合いながら歩んでいこうと2000年続いてきたのが教会です。
 そして、聖書・祈り・共同体全部を味わえるのがこのミサです。ミサをとおして、みことばによって養われ、祈りによって神さまとのつながりを確かめ合い、共同体の支えの中で歩んでいくこと、このことをほんとうに大切にしていってほしいと思います。きょう、堅信を受ける皆さんが、そのようにして、信仰と希望と愛の道を歩んでいくことができるよう、祈りたいと思います。

(まとめ=「こみち」編集部)

〔2012年7月8日 関町教会聖堂にて・『こみち』254号より〕